2011年4月7日木曜日

被災地情報

前回でクローズした当ブログですが、
先週末に訪問した南相馬市、石巻の被災地の様子を皆様にご覧頂きたく、
もう一度だけアップしてみることとしました。

南相馬市は、津波による甚大な被害がありながら、原発から半径20キロ圏内に位置する為、
全くの手つかず・放置状態であります。

加えて、
半径20キロ~30キロ圏内に位置する南相馬市中心部は、他の被災地と異なって、ライフラインは保たれ、家も無傷にも関わらず、お店も殆どが閉まっていて、クロネコやゆうパックでさえが配達されない、明日さえどうなるのか分からない”見捨てられた地”となっていました。

市役所職員ともお話しましたが、心身共に疲れ果てていて、何をどうしたら良いのかさえ分からない心境とのこと。
行政の職員も実は放射線に脅かされている被災者であり、にも関わらず市民への公僕としての使命を果たさねばならず、でももう限界!って様子でした。

そんなご様子に、被災者にって思って持参した手作りの食パン12斤は職員の皆さまに是非とも食して頂きたいと思いまして、差し入れさせて頂きました。

只今、何か、お手伝い出来ることはあるのか?
そう自問自答しております。
2万人の市民の為に、そして今、ある企画をプラン中です。
なんとかみんなで共に生きる道を見つけたい、そう願うばかりです。

そして一刻も早く国が救済してくれることを願いつつ・・・

南相馬市に行くには海岸線の県道6号線が便利なんですが、通行止め箇所が点在していて、
東北自動車道から山越えする必要がありました。途中、放射線量が深刻な状況の飯舘村を通過。


南相馬市にはコンビニが現在数か所開いていますが、イオンやヨークベニマルなどの大型スーパーは完全クローズ状態。屋内退避している2万人余りの住人は文字通り、兵糧攻め状態であります。
お金があっても、ガスや電気が通っていても食材がない!買えない!状態です。

シャッター通り!町はひっそりとゴーストタウンと化しておりました。

南相馬市の沿岸部に居住していた方々は津波によって家を失い、
且つ原発によって立ち入り禁止エリアの為、2か所の避難所に250名余りが居住している状態。
その内の1か所である小学校内の体育館に避難する100名余りの方々に書籍や座布団などを届けました。


南相馬市の沿岸部からは数キロ離れた6号線沿いの、
本来ならば田畑のはずの場所が酷いことになっていました。
写真にはオーブなんでしょうか?無数の白い魂のような光が漂っております。



翌日訪問した宮城県の石巻港の近くの様子です。
街中に船が!



石巻市内の渡波小学校の様子。学校のグランドまでが残骸や流されてきた車の山で、
自衛隊員らが懸命に片付けておりました。
本当にお疲れ様です。

石巻市内の様子。至る所、見る処全てがこんな惨状であります。
信号も止まっていて、1メートルの地盤沈下によって帰りには満潮に重なって、
道路には海水が溢れていて、車に浸水してくるかもって冷や冷やしながら通過しました。

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